我家に四国犬がやって来た ! presented by Kengo
   ラン(成蘭号)

   

 

 (呼称:ラン

大舞台

 再び展覧会の話で恐縮です。ランは数多くの展覧会に出陳しました。最上位に評価されることもありましたし、 最下位に並べられたこともありました。いろいろな思い出がありますけれど、次の2つの受賞は特に生涯忘れることの できない思い出です。
 まずは、そのひとつ「若犬賞」を紹介します。 「若犬賞」と言っても支部展のそれではありません。全国展での話です。平成10年11月14日に茨城県で行われた 第95回日本犬全国展覧会にランを出陳しました。支部展では、そこそこ良い成績を残していましたが、全国展へ自分の ような者が参加して良いものか、何せ初めてのことなのでわかりません。「全国展にそんな犬持って来たの?」なんて 言われたらどうしようなどと思いつつ、「えーぃ、ここまで来たら、物は試しだ」と申し込みました。
 満天の星空の下、道具を積み込み出発、朝6時には会場へ到着。早速、犬を連れてリング周りを散策します。
                           

 さすがに全国展。出会う犬、どれを見ても支部展のレベルではありません。家内が「来るところを間違えたね」と 呟いたくらいです。そう言われると「そうだなぁ」と苦笑するしかありませんでした。出陳準備も済ませ、 ランと一緒にいると、群馬県の大ベテラン、八木原さんに会いました。ランをじっと見て、「うん、今日は アタマ狙い(トップ狙い)で行くんだぞ」と声をかけてくれて、私は冗談かと思い、「エーッ、参加することに 意義ありですよ」と言うと、八木原さんは真顔で「リード貸しなさい」とランのリードを手に取り、「ちょっと前から 見てご覧ん!」とランをハンドリングし始めたのです。
 この時のランの姿は今でも脳裏に焼きついています。我が犬ながら見事な姿でした。後で家内も「お父さん、 あんなラン初めて見た!」と言ったほど。八木原さん曰く「良いかい。今日のこの犬ならアタマ取れるぞ。 自信を持って行け、自信を!」
「どうやったら、そんなふうにハンドリングできるんですか?」と全国展の朝には不似合いな質問をすると 「出陳料で100万円くらい注込むようになると、これくらいできるんだ。ワハハッ」と冗談。「100万? 関東の支部展の出陳料は1回4千円だから1シーズン5回出したとして2万円、年間4万で、25年続けろってことか」と 計算しつつ、考えていると、「その犬(ランのこと)、よく立つから、リードは軽く握ればいいぞ。前肢の位置だけ 開かないように気をつけて、あとは、そっとで良いからね。」とアドバイスをもらいました。「前肢が開かないように」か、 そう言えば小田原の市川さんもそんなことを言ってくれたことがあったなぁ、などと考えているうちに開会式が始まり ました。
 こんな会話のおかげで、少々上がり気味だった自分もすっかり落ち着き、緊張もほぐれ、一審に臨むことが できたのです。八木原さんに感謝です。一審の待ち時間にはリング脇でランの横に腰をおろし、「なぁラン。 よくまぁ素人が見よう見まねでここまで来たよな。」と話しかける余裕まで生まれました。

   晴れの大舞台。全国展/中型雄部若二組。
         ランの一審がスタート。
  審査の三谷先生の前で四肢の位置を確認する。

「よろしくお願いします」挨拶しながらリング中央へ。いよいよ一審(個体審査)が始まりました。 リングの中のランは気迫十分。それは後ろから見ていても、リードの引き具合でもわかります。 軽くと言われても、ランがずしりと体重を前にかけるので、思わずこぶしに力が入ります。体高がやや低く 小兵なのに、毎日の運動で鍛えたこの力強さが頼もしい限りです。耳は前傾を保ったまま、前方に集中し微動だ にせず、遠くにいる他の犬に神経を集めているのでしょうか、頭を高く保持して見事に立ってくれました。 周囲のざわめきもいつの間にか聞こえなくなり、頬をかすめる潮風と右手のリードの感触だけが静寂の中で感じられ、 じつに長い時間が過ぎたような気がします。「はい、歩かせて」との声にハッと我に返り、リードを左手に 持ち替えて歩様審査に。何度も練習した歩様も順調に終わり、リングの外へ出ると家内と娘が大喜びしておりました。 ランの頭を撫でながら「頑張ったね。よかったよ。」と褒めていると、見知らぬ人が近づいてきて「あんた。その犬、 よう立つなぁ。」と声をかけていただき、うれしい思いをしました。一審でここまでできたら上出来。悔いはない。 と正直に思っておりました。

気迫十分。好調さが手に伝わります。


最後まで集中力が途切れませんでした。

若犬賞の楯です。

 午後からの二審(比較審査)では、ランの好調さが空回りし、横の犬に飛びかかろうとするため、 一審のような姿勢がとれません。何とか冷静に立ち込ませようとするものの、そこは全国展なのでしょう、 隣の犬に眼(ガン)を飛ばしても、大人しく視線をそらしてくれるような犬は一頭もおらず睨み返してくる ような犬ばかりなので、ランも興奮してなかなか落ち着きません。極度に緊張し始めたのは、審査の三谷先生が ランの方を見ることが多いと感じたときです。「これは、ひょっとするとひょっとする」と思い始めたとき、 自分の心臓の鼓動が聞こえるようでした。そういうことは、わずかな振動がリードを伝わり犬によくわかるもの。 ますます落ち着かなくなりました。  結局、ランは2席に。指名されたときは夢のように雲の上を歩いているような気持ちで、指定された場所へ移りました。 「決定します」の声でランの若犬賞が決まったときには、天にも昇る気持ちでした。この時ばかりは、自分の責任で 初めて持った犬がここまで来れた幸運を噛締めつつ、お世話になった諸先輩方への感謝の気持ちでいっぱいになりました。  それにしても、この日のランの立ちっぷりは、最初で最後のことだったと思います。その後も展覧会に出陳し続けて いますが、自分が見る限り、気迫/緊張感/集中力の点で、この時以上の内容はありません。それだけに、懐かしい 思い出の展覧会となりました。